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神戸地方裁判所 昭和29年(わ)462号 判決

被告人 古川鉄男

明二四・二・一七生 映画館経営

主文

被告人を懲役二年に処する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和二十二年秋頃、岐阜造船株式会社の社長をしていた山崎一から、関東財務局で払下をする船舶の買入資金について相談を受けたのを契機に、同人の経歴や業界等における地位を生かし、これに自己の資本を投入することによつて、海運事業に乗り出そうと企図し、同二十三年二月、被告人において、当時休業状態にあつた大明興業株式会社(資本金千万円)を買収し、同年三月、これを満鉄海運株式会社と改称し、右山崎一を代表取締役とし、自らは取締役となつてその経営にあたることとし、さらに同年四月、その商号を新日本海運株式会社(以下これを単に会社ということがある)と変更し、本店を岐阜市から東京都台東区浅草橋一丁目三番地に移転したうえ、当時山崎一の口ききで会社が関東財務局から払下を受け、これを改装建造した貨物船第一満鉄丸(総噸数二百七十七噸)、及び、他から購入した貨物船江寧丸(総噸数三千二百二十噸)を、船舶運営会或いは日本郵船株式会社に貸与し、その貸船料の収益によつて会社の運営をして来たのであるが、被告人は、戦時中岐阜新聞社に関与していたところから「公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令」に基き、公職から追放せられ、これに伴い昭和二十四年二月二十日、会社の取締役をも辞任するにいたつたが、右会社は元来被告人の出資によつて事業を始めたものであり、当時は被告人がその株式のほとんど全部を自ら保有し、その業務の執行、運営資金の調達等について専権を振つていたので、右取締役辞任後も、従前どおり会社の主要な業務全般にわたつて采配を振い、前記山崎一、並びに松尾義一その他の取締役は、被告人の決定した事項を、形式上、会社の執行機関としてこれを取り行うにすぎない状態であつた。ところが、

第一、(一) 被告人は、会社の所有船舶を増大するため、政府の米国対日援助見返資金による昭和二十四年度新造船建造計画に基く貨物船の建造を企画し、昭和二十四年七月頃、その発注先を株式会社播磨造船所(以下これを単に造船所ということがある)と決め、前記山崎一、松尾義一及び技術面の担当者である小代正らに命じて交渉にあたらせたうえ、同年八月、会社において、運輸省に対し総噸数三千七百噸の貨物船(第二満鉄丸)につき、その契約船価を二億七千二百九十万円と予定して、新船建造希望申込をしたところ、右建造計画の適格船主に選定せられたので、同年十二月五日付で、大蔵大臣に対し、前記見返資金貸付仮申請をし、次いで同月八日付で、運輸大臣に対し、右新船の建造許可申請をし、その許可があり次第、前記造船所と右第二満鉄丸の建造請負契約を締結する運びになつたが、その間、会社側において種々検討を重ねた結果、前記予定契約船価の見積は高額すぎて会社に不利益であり、且つ、右船価なるものは、政府に対する建造希望申込の必要上、十分な検討を経ぬまま、一応播磨造船所側の見積を基準として計上したにすぎないもので、右造船所との間において締結すべき契約上の船価(いわゆる最終船価)は未確定であるとの見地から、右松尾義一らにおいて、いわゆる最終船価の決定について、造船所側と度々交渉をしたがまとまらないので、右造船所社長の横尾龍と会社の実力者たる被告人との間においてこれを決定することとなり、その頃、前記山崎一及び松尾義一らは、被告人に対し、右横尾龍と直接交渉をして、会社のために最も有利に船価を決定すべきことを委任し、被告人はこれに基き船価交渉に当ることとなつたが、その際、右委任の趣旨に背き、自己個人の借受金の返済株式買入代金の支払等に充てるために、右予定船価からの値引相当額ないしは船価からの割戻金を自己に利得しようと企て、昭和二十五年一月末頃、岐阜市若宮町の鵜飼ホテルにおいて右横尾龍と右船価の交渉をした際、同人に対し予定船価の値引を要求したが、同人が造船所側の対外的事情から難色を示すや、右値引の要求を撤回し、契約すべき船価は右予定船価のとおりとする代り、そのうち三千万円を割戻してもらいたいと要求して、その承諾を得、ここに会社に提供しないで自己に利得すべき割戻金(いわゆるリベート)三千万円の交付を受けとるという約束のもとに船価を二億七千二百九十万円と取り決め、会社の実質上負担すべき建造費は右三千万円を差引いた額であるべきにかかわらず、会社をして、同年三月十一日付で、右播磨造船所との間に、右二億七千二百九十万円を船価とする第二満鉄丸の建造請負契約を締結させて、自己の利益を図る目的でその任務に背いた行為をし、その結果、会社をして、右契約に基き、契約起工払分として、昭和二十五年三月三十日から同年六月二十六日までの間に一億六千二百八十六万六千六百四十円、進水払分として、同年九月十四日から同年十月十七日までの間に五千四百四十万九千六百円、竣工払分として、同年十一月八日から同年十二月二十三日までの間に五千五百六十二万三千七百六十円、以上合計二億七千二百九十万円全額の支払をさせ、よつて会社に対し、右三千万円相当の財産上の損害を加え

(二) さらに、被告人は、前記見返資金による昭和二十六年度新造船建造計画に基き、総噸数五千噸の貨物船(第三満鉄丸)の建造を企画し、運輸省に対する新造船希望申込にそなえて、その発注先を前同様播磨造船所と決めて、昭和二十六年一月頃から、前記山崎一、松尾義一及び小代正らをして、右造船所とその船価について交渉にあたらせたが、会社側では右船価を五億八千万円程度と見積つていたのに、造船所側ではこれを六億五千万円と見積りその船価を主張するため、交渉がまとまらないので、前回と同様、右造船所社長の六岡周三と被告人との間においてこれを決定することとなり、その頃、右山崎一及び松尾義一らは、被告人に対し、右六岡周三と直接交渉をして、会社側の見積の線で最も有利に船価を決定すべきことを委任し、被告人はこれに基き会社のために船価交渉に当ることとなつたが、その際、前同様、右委任の趣旨に背き、自己個人の借受金の返済や、株式及び土地等の買入代金の支払、個人経費の支払などに充てるために、値引相当額ないしは船価からの割戻金を自己に利得しようと企て、同年二月十一日頃、東京都中央区槇町三丁目三番地の播磨造船所東京事務所において、前記六岡周三と右船価の交渉をした際、船価を六億円以下で決めるよう要求をしたが、造船所側の対外的事情を考慮した右六岡周三から、契約船価は六億千五百万円とすることに承諾されたいとの申入を受けるや、同人に対し、契約すべき船価は同人の申入どおりとする代りに、そのうち二千万円を割戻してもらいたいと要求して、これを承諾させ、ここに会社に提供しないで自己に利得すべき割戻金二千万円の交付を受けるという約束のもとに船価を右六岡周三の要求どおり六億千五百万円と取り決め、会社の実質上負担すべき建造費は右二千万円を差引いた額であるべきにかゝわらず、会社をして、同年五月十九日付をもつて、右播磨造船所との間に、六億千五百万円を船価とする第三満鉄丸の建造請負契約を締結させて、自己の利益を図る目的でその任務に背いた行為をし、その結果、会社をして、右契約に基き、契約起工払分として、昭和二十六年六月二日から同年十一月二十日までの間に二億九千三百四十一万六千五百円、進水払分として、同年十二月十八日から翌二十七年四月二日までの間に一億六千三百十四万八千六百円、竣工払分として、同年二月二十八日から同年十月二十五日までの間に一億五千八百四十三万四千九百円、以上合計六億千五百万円全額の支払をさせ、よつて会社に対し、右二千万円相当の財産上の損害を加え

第二、前記のように、被告人は、取締役を辞任した後も、会社の主要な業務について采配を振つていたので、その便宜上、前記代表取締役山崎一から、株式会社十六銀行柳ヶ瀬支店における会社の当座預金等の小切手帳、及び同人の印鑑を預り、会社のために右銀行預金の保管、小切手の振出等の業務にあたつていたところ、

(一)  昭和二十四年十月二十六日、岐阜市神田町三丁目の右十六銀行柳ヶ瀬支店において、かねて同年八月三十一日、いずれも自己の、借入金の返済、株式の買入、諸経費の支払、興国工業株式会社への貸付などに使用する目的をもつて、同銀行支店から古川証券株式会社名義で手形貸付を受けていた三千四百万円の弁済に充てるため、自己が業務上保管していた右銀行における会社の当座預金中からかつてに三千四百万円を引き出したうえ、即時これを同銀行支店における右証券会社の信用手形貸付金口座に入金して前記自己のための弁済に充て、もつて右金員を横領し、

(二)(1)  昭和二十五年一月十一日、岐阜市神室町一丁目二十番地の自己において、自己が業務上保管していた会社振出の額面三万円の小切手一通(番号ま七八〇九〇号)を、かつてに、被告人が自己のため安田秀雄から買受けた新日本海運株式会社の株式代金として、同人に交付し、

(2)  同月十三日、右自宅において、自己が業務上保管していた会社振出の額面七十万円の小切手一通(番号ま七八〇九一号)を、かつてに、被告人が自己のため古川証券株式会社から買受けた日本石油株式会社の株式四千八百株ほか二銘柄千八百株の代金及び手数料等として、右古川証券株式会社取締役小林徳二に交付し、

(3)  同年三月三十日、右自宅において、自己が業務上保管していた会社振出の額面二十万円の小切手一通(番号に二六一〇三号)を、かつてに、被告人が自己のため前記古川証券株式会社から買受けた新日本海運株式会社の株式三千三百株ほか二銘柄千百株の代金及び手数料等の内入金として、前記小林徳三に交付し、

(4)  同年六月二十九日、右自宅において、自己が業務上保管していた会社振出の額面十八万二千円の小切手一通(番号に二六一二二号)を、かつてに、妻つるが同女及び被告人ら個人のために株式会社丸万呉服店から買受けた呉服等の代金として、右つるを介して、同店々員に交付し、

(5)  同月三十日、右自宅において、自己が業務上保管していた会社振出の額面五万四千円の小切手一通(番号に二六一二八号)を、かつてに、右つるが同女のため呉服商中島周一方から買受けた呉服等の代金として、右中島周一に交付し、

(6)  同日、右自宅において、自己が業務上保管していた会社振出の額面八万千円の小切手一通(番号に二六一三一号)を、かつてに、被告人が自己のため洋服商清水悦子方から買受けた洋服代金として、同女方店員に交付し、

(7)  同年十二月二十八日、右自宅において、自己が業務上保管していた会社振出の額面五十二万八千円の小切手一通(番号に五二三三八号)を、かつてに、右つるが同女及び被告人ら個人のため前記丸万呉服店から買受けた呉服等の代金として、同店々員に交付し

もつて、右各小切手をそれぞれ横領し

(三)  同年十二月三十日、前記十六銀行柳ヶ瀬支店において、被告人個人の同銀行支店における当座預金の貸越債務の弁済に充てるため、自己が業務上保管していた、同銀行支店における会社の別段預金中から、かつてに、百九十万円を引き出したうえ、即時これを自己の右当座預金口座に入金して前記自己の債務の弁済に充て、もつて右金員を横領し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(商法違反の訴因についての判断)

判示第一に認定した事実は、いずれも、予備的訴因に基くものであつて、本位的訴因である商法違反の主張を認容しなかつた理由を説明する。

右本位的訴因及びその罰条は別紙記載のとおりであつて、その訴因の表示の仕方と罰条の記載に刑法第六十五条をも引用しているところからみると、被告人は、商法第四百八十六条所定の身分を有しない者ではあるが、取締役たる山崎一及び同松尾義一と共謀して、被告人の利益を図る目的で、右両名の任務に背き、会社に損害を加えたものであるから、被告人は右両名の商法特別背任罪の共犯としての罪責を負うべきであるとされているのであるが、元来商法第四百八十六条第一項の罪は、刑法第二百四十七条の背任罪に対し、特別法の関係に立つもので、その趣旨はこれと同一であり、会社における特別の地位にある者であることを要するという点を除けば、その構成要件は刑法背任罪の場合と全く同様に解すべきである。従つて、右商法上の特別背任罪が成立するためには、自己若しくは第三者の利益を図り又は会社に損害を加える目的の存すること、換言すれば、叙上の利益を図り又は損害を加える意思が任務違背行為の動機となることを要するのであつて、かような目的を欠くときは右特別背任罪は成立しないといわねばならない。従つて、右の図利又は加害の目的において、単に未必的な認識に過ぎないときは、右背任罪は成立しないものである。

そこで本件において、取締役たる山崎一及び松尾義一が右のような目的を有していたかどうかについて検討してみるに、判示のように、被告人は会社創立の当初からその経営の一切について実権を掌握し、右両名その他の取締役は、形式的な執行機関にすぎず、その実質は、被告人の意のままになるロボツトともいうべき立場にあつたもので、第二満鉄丸、第三満鉄丸のいずれの場合においても、当初は右山崎や松尾らが、被告人の指示により、造船所に対して、その各船価について種々交渉をしたけれども、まとまらないので、右両名らが、被告人に対し、直接造船所の社長と交渉して船価を決定するよう委任したものであつて、その際、右両名において特に自己若しくは被告人の利益を図り、又は会社を害する目的をもつて、このような委任をしたものとは到底認められないし、また被告人が右各船価の交渉をする際に、右両名も取締役という立場上被告人と同席していた事実はあるけれども、いずれの場合においても、船価の値引又は割戻金について、造船所社長と交渉し取決めをしたのは被告人のみであつて、この間右両名は単にその経緯を傍聴していたにすぎない。その後、山崎一は会社の代表者として造船契約をしているが、これは被告人の決定した船価に基いて事務的に処理したというだけのことである。もつとも、いずれの船舶の場合においても、右山崎及び松尾の両名において、あるいは被告人が船価交渉の際に取り決めた割戻金を会社に提供せず、被告人が取得するのではないかという程度の認識を有していたことを推認させるような証拠は散見するけれども、それ以上に、被告人の利益を図ることが動機となつて、被告人と通謀のうえ、割戻金の交付を受ける約束のもとに船価の決定及びその支払をしたことを認め得る証拠はないから、右第二満鉄丸、第三満鉄丸いずれの場合についても、右山崎一や松尾義一に背任の目的があつたとはいえないのである。そうすると、右両名について商法の特別背任罪が成立するに由なく、従つて、被告人に対しその共犯としての罪責を問うこともできないわけである。

次に、前記本位的訴因の記載によると、被告人は取締役辞任後も「引続き右会社の経営を統轄し、事実上会社業務を鞅掌し、同会社のために誠実にその職務を執行する任務を有していた」ことが特に強調されているので、このような地位にあつた被告人について直接商法に規定する特別背任罪が成立するかという点について判断を附加する。

被告人が会社の業務の執行について実権を握り、前記の山崎一や松尾義一らを意のままに使つていたものであることは前叙のとおりであり、従つて会社のために誠実にその任に当らねばならぬものであることも当然であるが、だからといつて、その故に直ちに被告人が商法第四百八十六条第一項所定の「取締役」であるということはできないし、そうかといつて、右のような立場にあつた被告人をもつて、会社と雇傭関係に立ち、これに従属していた者であるとは到底認められないから、同条にいわゆる「支配人」その他の「使用人」ということもできない。結局、被告人は同条所定の身分を有していた者ということはできないから、被告人自体について、これを商法の特別背任罪に問うことはできないのである。

もつとも、前記の各証拠によれば、被告人は昭和二十六年八月二十五日に取締役に復帰しており、第三満鉄丸の船価支払の大部分及び割戻金の受領は、その後においてなされていることが明らかであるので、この点から、あるいは、少くとも判示第一の(二)の場合については商法の特別背任罪が成立するという考え方もあるかも知れないけれども、背任罪の実行行為は、本人に財産上の損害を加える結果になるような行為をしたことによつて終了し、その結果たる損害の発生は、同行為の内容をなすものではなく、たゞ背任罪の既遂となるための要件たるにすぎない(大審院昭和八年十二月十八日判決参照)のであつて、本件でいえば、被告人が自己の利益を図る目的で割戻金の受領を約し、これと引替えに船価を六億千五百万円よりも値引をさせる要求を撤回し、会社をして六億千五百万円の船価で造船契約を締結させたことによつて、その背任の実行行為は終了したのである。従つて、その後右の契約に基く船価の支払によつて会社に損害が発生した時の被告人の身分の如何によつては、背任罪の成否が左右されるものではないから、判示第一の(二)の場合に被告人がその行為後取締役に就任したからといつて商法の特別背任罪が成立すると論結することはできないのである。

(判示第一の各背任罪の既遂の時期及び損害額、並びに、損害額の認定に訴因変更の手続を要するかという点について)

判示第一に関する予備的訴因の記載によれば、右訴因第一(判示第一の(一)に対応)及び第二(判示第一の(二)に対応)のいずれにおいても、被告人が実際に受領した割戻金を会社に入金せず自己の用途に費消したとき、初めて会社の損害が発生し、この時が既遂の時期であるとの見解をとり、訴因第一の損害額は千二百万円、同じく第二の損害額は二千万円としているのであるが、当裁判所は、会社が契約船価の支払を完了したとき、その損害が発生して背任罪は既遂になると考える。従つて、被告人がその後いくばくの金員を受領したか、或いはそのうちいくばくを会社に提供したかは、背任罪の要件たる損害の額を左右するものではなく、単に犯後の情状にすぎないというべきである。

そうすると、判示第一の(二)の損害の額は、結局、訴因第二に記載されているのと同額の二千万円であるけれども、同じく(一)の損害の額は、訴因第一に記載されているところよりも多額の三千万円となるわけである。しかし、この点は法律上の見解を異にするところから生じた差異であり、しかも訴因第一には「リベート三千万円を含めて建造請負代金二億七千二百九十万円と定めたうえ」と、被告人が受領を約した割戻金の額が明示されてあり、この点については、すでに訴訟上の攻撃防禦が尽されているのであるから、その損害額を訴因記載の額よりも多額の三千万円に認定するために、ことさら訴因を変更する手続をする必要はない。よつてこの点について訴因の変更手続を経ることなく、判示のとおり、その損害額を認定した次第である。

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、被告人が受領すべきことを約した三千万円及び二千万円の性質について、右金員の約束は各船価の取決とは別個のものであつて、これは、いずれも、造船所が、被告人の指示により新日本海運株式会社から造船の発注を受け、その造船契約を締結し得たことに対する「謝礼」として提供されたもので、元来被告人個人に対するものであるから、その当初から右会社が受領し得べきものではなく、これを被告人が自己の用途に費消したからといつて、なんら会社に損害を及ぼしているものではないと主張し、被告人も、当公廷においてこれに副う陳述をしているので、この点について判断する。

第二満鉄丸、第三満鉄丸のいずれの場合においても、被告人は、会社の利益を代表して、会社に最も有利に船価を決定すべき任務をもつて、造船所社長の横尾龍、あるいは、六岡周三と交渉に当つたのであつて、その趣旨とするところは、会社において負担すべき建造費を最少ならしめるにある。従つて、被告人が、第三者としてあつ旋ないし仲介をしたものでないことは明らかであり、あつ旋仲介人として謝礼の受領を約したものとは到底いうことができない。しかして、右の各交渉において、被告人は各船価の減額にかえて割戻金を要求し、その受領を約したのであるから、その約束は船価決定と一体をなすものであつて、しかもその金額は社交的儀礼の範囲を甚だしく超過している。加えていうならば、被告人としては、その任務からいつて、元来船価自体の減額に努力すべきであり、若し船価としては減額し得ない事情があるために割戻金を受けることになつた場合には、その任務の趣旨からして右金員は会社に提供すべきものであり、かくすることによつて初めて、会社が被告人に船価決定を委任した目的を達し、その実質上負担すべき建造費の低減を計ることができるのである。それを被告人において、会社のためになすべき船価の減額交渉を、自己が利得すべき割戻金要求にすりかえたことによつて、会社が実質上負担すべき建造費は契約船価から割戻金を差引いた額となるべきはずのところを右割戻金に相当する金額を余分に支払わせたのであるから、被告人がその任務に違背したことにより、会社に対して右金額相当の財産上の損害を加えたといわなければならないのである。よつて右弁護人らの主張は採用しない。

次に、弁護人らは、判示第二の各業務上横領について、被告人は新日本海運株式会社の大株主であつたので、これを自分の会社、自分のものと考えていたものであつて、犯意ないしは不法領得の意思はなかつたと主張するが、前掲各証拠によれば、なるほど右各犯行当時、その実質において常に会社の株式の九割前後を保有してはいたが、その余の一割前後は一般株主であつて、会社と個人とはもちろん別個の存在であり、且つ、十六銀行柳ヶ瀬支店における会社の各種口座と被告人の口座は、当然のことながら別個に設けられてあつて、銀行取引も会社と被告人とは別個になされており、しかも被告人自らがこれを区別して取り扱つていたものであること、代表取締役山崎一から会社の小切手帳等を預る際に、会社のためにのみこれを使用すべきことを同人と約していることが認められるから、被告人において、会社の資金や小切手と自己のそれとの区別について認識を有しながらこれを自己の用途に使用したことは明らかであり、被告人が会社の小切手や銀行預金について他人の物であることの認識を欠いでいたとも、また、これを処分するについて不法領得の意思を欠いでいたともいい得ないことはもちろんである。よつて右の弁護人らの主張も採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示行為のうち、判示第一の(一)及び(二)の点は、いずれも刑法第二百四十七条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、判示第二の(一)ないし(三)の点は、いずれも刑法第二百五十三条に各該当するので、右各背任罪の刑についていずれも懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文、第十条により、結局最も犯情の重いと認める判示第二の(一)の業務上横領の罪の刑に法定の加重をしたうえで、被告人を主文第一項の刑に処するが、その情状について考えると、被告人が会社に加えた損害は多額であり、且つ、判示第一の各犯行は、米国対日援助見返資金による船価の支払に際し、その一部を自己に利得したものであり、なおそのほかに、十六銀行柳ヶ瀬支店から会社名義をもつて一億二千万円を越える使途不明の借入をしているような状況であつて、情状軽くはないが、判示第一の(一)の犯行によつて被告人が実際に取得したのは三千万円のうちの千二百万円で、残額千八百万円は、会社のために第二満鉄丸の追加工事費及びスライド額の支払債務との相殺に供し、同(二)の二千万円については、本件発覚後、播磨造船所から、右金員は会社に対する貸金であるとして請求して来たのに対し、被告人が後記の株式売却代金のうちから五百万円を提供して、話合による解決を計つていること、判示第二の各業務上横領については、本件を契機として、被告人において、その所有の会社の株式三百六十三万株を、一株七十二円の割合で日東商船株式会社に売却し、その代金をもつて、右被害額及び前記会社名義の帳簿外債務の全部を弁償済みであること、元来右会社は、被告人の出資によつて事業を始めたものであるため、自分が作つた会社という観念からその当初において公私を混同していたことや、他の株主に対する顧慮を怠つたことが本件の契機となつたものであること、被告人は会社に対する熱意と、その経営能力によつて、逐次資本金を増資し、その所有船舶を増大し、本件当時には、その資本金二億円、所有貨物船五隻(総噸数合計約一万七千噸)にまで育成したものであること、右株式売却当時においては、会社の発行株数四百万株のうち、三百六十余万株を被告人が自己又は他人名義で所有していたもので、会社の損害は帰するところ株主の損害であるという観点からみれば、そのほとんど全部を被告人が負担したとも考えられること、株式を売却した際に会社から退いてその責を負うたこと、現在被告人は六十八歳の高令で、しかも狭心症等のため療養中のものであること、その他諸般の情状を考慮して、刑法第二十五条第一項により、本裁判確定の日から主文第二項の期間右刑の執行を猶予し、なお、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により、その全部を被告人に負担させることとする。

(裁判官 山崎薫 野間礼二 大石忠生)

参考 昭和二九年(わ)第四二一号昭和二九年五月六日付起訴状

(公訴事実)

被告人は昭和二十三年四月二十三日東京都台東区浅草橋一丁目三番地新日本海運株式会社の取締役に就任、同二十四年二月二十日取締役を辞任したが引続き右会社の経営を統轄し、事実上会社業務を鞅掌し、同会社のため誠実にその職務を執行する任務を有していたものであるところ、右同様任務を有する同会社代表取締役山崎一及び同会社取締役松尾義一と共謀のうえ、新造船の建造請負契約締結に際し右山崎一ならびに松尾義一の任務に背き、いわゆるリベートを含む船価をもつて契約を結ぶとともに、右リベートを自己の用途に供する目的で不正に入手し利得しようと企て

第一、昭和二十五年一月末日頃岐阜市若宮町所在鵜飼ホテルにおいて株式会社播磨造船所と新造船第二満鉄丸の建造請負契約を結ぶにあたり、リベート三千万円を含めて建造請負代金二億七千二百九十万円と定めたうえ、前記鵜飼ホテルにおいて、同会社東京事務所営業課長岡崎政男から右リベートのうち

(一) 同年十月二十八日頃現金三百万円

(二) 同年十二月三十日頃現金三百万円

(三) 昭和二十六年一月三十一日頃現金三百万円

(四) 同年三月一日頃現金三百万円

をそれぞれ被告人において受領し

第二、同年二月十一日頃東京都中央区槇町三丁目三番地株式会社播磨造船所東京事務所において同会社と新造船第三満鉄丸の建造請負契約を締結するに際し、リベート二千万円を含めて建造請負代金を六億壱千五百万円と決め、同会社取締役伊藤金左衛門から

(一) 同年四月二十八日頃前記株式会社播磨造船所東京事務所において現金二百万円

(二) 同二十七年一月二十二日頃前同所において現金百万円

(三) 同年一月二十六日頃前同所において現金四百万円

(四) 同年二月十六日頃神戸市生田区仲町通り一丁目二十一番地大森旅館において現金五百万円

(五) 同年五月十五日頃前記株式会社播磨造船所東京事務所において、同事務所長左近允基振出第一銀行八重洲口支店宛金額七百万円小切手(番号〇一〇一八)一通

(六) 同年同月二十四日頃前同所において新日本海運株式会社取締役森開一を介し、前記左近允基振出第一銀行京橋支店宛金額百万円小切手(番号BD〇二五三一)一通

をそれぞれ被告人において受領し、

いずれもこれを新日本海運株式会社に入金せず、古川鉄男名義の株式会社十六銀行柳ヶ瀬支店、岐阜信用金庫本店、古川証券株式会社等の各個人当座預金口座、信用手形貸付口座、株式買入代金決済等に入金し、よつて前記新日本海運株式会社に対し、被告人の受領したリベート相当額の財産上の損害を加えたものである。

(罪名罰条)

商法違反 商法第四百八十六条、刑法第六十条、第六十五条

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